2012年03月03日

LP#18 豊里友行「カーニバル」

LP18.jpg

〈写真〉
◎豊里友行「カーニバル」

〈インタビュー〉
シリーズ「復帰40年」を問う
インタビュー◎写真家の想いを聴く 山城博明

〈写真〉
○タイラジュン「ハナレジマ」
○小栗寿一「風の行方 2010年 砂辺」
○松本太郎「e-gram 電子的フォトグラムの試みとして」

《LP#18巻頭言》
 米軍基地は沖縄、日本、米国の現実を飲み込んで吐き出す。現実に基地があることで、生身の人間が軍事基地との関係に巻き込まれる。1945年の沖縄戦以後、人びとが被ってきた代償はあまりに大きく、基地があることによって起きた無数の犯罪・事件・事故・問題などがその事実を語っている。
 私たちの社会は「いのち」を育てている。しかし軍隊は「いのち」を破壊する。人を殺し、街を破壊し、人びとの精神と肉体を病み、環境を汚染する。社会と本質的に相容れない軍事基地は人びとに直接・間接の影響を及ぼし、矛盾と不条理を強い続けている。
 自身が生まれ育った「沖縄」をテーマに撮り続けている写真家・豊里友行氏は、大切な沖縄の行く末を考えるために、沖縄の現状を具体的に見続けておく必要があると考えている。そのひとつの仕事として、沖縄の現実のなかに居座り続けている基地・軍隊と人びとの関わりを対象として、米軍や自衛隊が催す「カーニバル」を10年以上取材し続けてきた。基地がもたらす矛盾と不条理を忘却させるカーニバル的感覚に人びとが麻痺していく危機感から撮られた写真である。
 氏は人びとの懐に入り込んで、自分たちの現実をまっすぐに見ようと試みる。自明とされている現実の皮膜を剥いで、不明をとらえようと彷徨う。だが、写真に刻まれたまなざしは混線し入り乱れ、一筋縄ではほどけない。例えば、一見トモダチ関係を表象する目的で撮られたかと錯覚するほどの親密な距離感、軍隊や兵器に対する心理的障壁を無くした人びとの冷徹な記録、渦中に巻き込まれんばかりの熱狂的なクローズアップなど、いわば乱視的ともいえる生々しい写真群から米軍基地ゆえの禍々しい現実が匂う。実際、その現実の基地は抜き差しならぬ生存の問題として人びとにべったり貼りついたままだ。その正体が何なのか、写真を視てじっくり考えてみてほしい。おそらくそれが自明なことに見えるとしても。


LP#18
発行 photogenic person’s peace
発行日 2012年3月3日
限定500部
ISBNコードなし
定価(税込) 750 円
86ページ・B5


posted by photogenic person's peace at 06:45| バックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。